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【ニュース】連載コラム第3回-理事・荒木洋「人のつながりから始まる再生と展開について-阪神・淡路大震災の経験を経て」

2012年03月16日

人のつながりから始まる再生と展開について-阪神・淡路大震災の経験を経て

荒木 洋(東北共益投資基金・理事、公益社団法人Civic Force 理事、建築家)
 

私が、大阪の設計事務所で働き始めて、1年半ほどたったころに阪神淡路大震災が、発生しました。激しい縦揺れに飛び起き、机の下に潜り込んだのを今でも鮮明に覚えています。夜が明けてくるにつれ、少しずつ被災状況も明らかになり、前日まで30分も電車に乗れば訪れることの出来た街も、交通が寸断され、陸の孤島と化しました。震災後、初めて訪れた街は、ビルは傾き、倒壊した建物がそこかしこに見受けられ、建築の仕事に関わっているものとして、無力感、喪失感を強く感じました。そんな中、当時お世話になっていた設計事務所では、経済効率のみで建物を再建するのではなく、地震の記憶を留めることと、震災前にもまして魅力的な街になる様にと、植樹活動を呼びかけました。1月に白い花を咲かせる、はくもくれんやこぶしを中心に30万本を超える木が、地震で被害を受けた地域に植えられたのです。一方で、驚くべきスピードで建物の再建が進み、街並みを見る限り、地震のつめ跡を図り知ることは出来ないほどになりました。しかし、今でも、それらの木々は、地震の起こった季節に被災地のあちこちで、白い花をつけ、人々が当時を偲ぶことが出来る、より緑豊かで魅力的な街づくりに貢献しています。

あれから、17年たった東北で、多くの人の命を奪う地震が再度おこってしまいました。私が、理事をしている公益社団法人CIVIC FORCEも、災害発生の翌日には、ヘリコプターによる被災地調査を行い、緊急支援物資の搬送を含む様々な支援を続けています。私自身も4月初旬に避難所の仮設風呂の建設のため、関東を拠点とする大工さんたちと共に被災地に入りしました。そこで目の当たりにしたのは、神戸の時とは全く違う後景でした。神戸では、街路であったり、倒壊を間逃れた建物であったり、木々であったり、街の痕跡をかろうじて慮ることが出来たのですが、津波の被害にあった町では、元のまちの姿を想像することすら出来ず、呆然としました。

東北の復興は、被災地域があまりにも広域であることや津波の被害により地形の変形、沈下が激しいこと、加えて福島の原発事故による放射能の問題と被災の状況が複雑で、神戸に比べると時間を要するかもしれません。しかし、人と人との繋がりが存続する限り、まちの形は変われど、今までに増して魅力的な地域として復興出来ると信じています。それには、人の繋がりや社会基盤の機軸ともいえる、地域産業の再構築が不可欠だと考えています。12月の東北共益投資基金のスタートアップミーテイングの際も、着実に歩みを続ける事業、今後の発展につながる事業、新たに世界に発信出来る様な事業など、持続可能社会につながる様なお話をうかがい、たいへん頼もしく感じました。この度設立された当基金が、津波で失われた事業の再生に並々ならぬ努力で立ち向かわれている方々のお役に立ち、持続可能な社会の見本となる様な東北のまちの早期復興に少しでも寄与出来ることを強く願います。

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